芸術の曖昧さを楽しむ!映画『トスカーナの贋作』レビュー・ネタバレ有

 

 

こんにちは。はるみ(@hal_no_umi)です

 

今回は、初めてアッバス・キアロスタミ監督作品を鑑賞し、衝撃を受けたので紹介します。

 

僕は個人的に映画は芸術というよりかは、エンターテイメントとして捉えています。

しかし、『トスカーナの贋作』はただのエンタメではと思い、タイトルには芸術と書きました。

 

また、キアロスタミ監督はインタビューで、もともと真作や贋作などの芸術の話ではなく、「終わらない2人の男女の関係の話を作りたかった」と語っています。

もちろん、そのような内容の物語にはなっているのですが、個人的には「曖昧」な世界観が表現された映画だと感じました。

 

ジュリエット・ビノシュ演じるフランス人女性は役名が明らかになっていないのでフランス人女性、イギリス人作家はジェームズという役名で呼称していきます。

 

映画『トスカーナの贋作』あらすじ

 

イタリア、南トスカーナ地方のアレッツォで出会った、イギリス人作家・ジェームズとフランス人女性。ジェームズの新作のテーマでもある贋作や芸術に関して議論を交わしながら、ドライブで訪れたルチニャーノという美しい村を散策する。

出会ったばかりの2人だが、地元のコーヒショップの店員に夫婦と勘違いされたことをきっかけに、お互い長年連れ添った夫婦かのように装いはじめる。

 

人間関係の曖昧さ

cafe

Photo By samchills

 

あらすじでも紹介しましたが、メインの2人が長年連れ添った2人を装い、またその2人の心情や関係が変化していくことで、物語は進んでいきます。

 

明確に夫婦を装い始める点はコーヒーショップ。

それはフランス人女性が始めるのであり、ジェームズが夫を装い始めたのは明確ではないように思えます。

まるで、フランス人女性のアドリブに対応していたら自然に夫になっていたかのように。

 

他人?友人?恋人?夫婦?

 

ファーストシーンの出会いの場面では明らかに2人は他人なのですが、夫婦を装い始めると、観客は2人の関係を疑いはじめ、終盤には完全に夫婦だと信じさせられます。

 

これは、ジュリエット・ビノシュの女性的な感情の起伏の抜群な表現と、ジェームズ役のウィリアム・シメルが論理的思考の男性を演じることによって生まれるものではないでしょうか。

 

余談ですが、ウィリアム・シメルは本作で演技初挑戦らしいのですが、もともとはオペラ歌手のようです。

 

僕は本当に終盤で、この2人は夫婦なのではと思い込んでいました。

しかし、この2人の素晴らしい芝居の他に、実際に自分が日常で感じる人間関係の曖昧さも要因になってるのではないかと思います。

 

他人と友人の違いは顔見知りで話をしたことがあるかどうか、友人と恋人の違いは恋人であるという認識を互いにもっているかどうか、恋人と夫婦の違いはその認識を婚姻届けという用紙に表現されているか?

 

これらの関係のほとんどが非常に脆く、その違いは非常にあいまい。

なんとなく、このような認識があるためキアロスタミ監督の演出にはまってしまったように思います。

 

会ったばかりの他人という設定があり、それをしっかり認識しているにもかかわらず、なんだか夫婦のようにも思えてくるこの世界観は映画を見てきて初めて味わった感覚です。

 

空間の曖昧さ

sunset

Photo By ho visto nina volare

 

この作品が2人で散策するのは、実際に存在するイタリアのルチニャーノという村ですが、これが実に幻想的なんです。

僕が日本人であり、ただ見慣れぬ町並みだということもあるかもしれませんが、迷路のような路地に突然出てくる美術館やコーヒーショップ。

さらに、結婚式で演奏されている音楽と鐘の音が合わさり、幻想的に感じます。

 

本編鑑賞後にメイキング映像を見たのですが、撮影は実際にあるルチニャーノで行い、エキストラは現地の人を採用して行われたそうです。

 

幻想的な町並みを意図して表現したのかはわかりませんが、僕はそう感じ、それがその空間に存在する2人の関係の曖昧さを深めているのではないかと思います。

 

好きなシーン

 

この映画の後半のシーンに、2人でレストランに入るシーンがあります。レストランに入るや否や、イライラしているジェームズ。

それとは、対照的にまるで久しぶりのデートを楽しむかのようなフランス人女性。

 

僕が、このシーンが好きな理由は本当にリアルだから。

ジェームズはジェームズのまま。

でも、その一方で夫としてのジェームズを、フランス人女性に対する態度や、レストランにけちをつける態度などで表現しているようにも思えます。

どちらのジェームズなのかは曖昧だけど、こんな人いるよねの典型。

 

ジェームズに反して、フランス人女性は久しぶりのデートに張り切る女性を表現している。

一度、席を離れ化粧室で化粧を直すシーンがあります。

ここでは、女性が、もう一度自分を見て欲しいと思う女というものを表現している。

 

このレストランにたどり着くまでに少しづつ見えてきた関係性が、このレストランのシーンに凝縮されているようでおもしろいです。

 

さいごに

 

この映画を見おわってから、監督に聞きたい質問がたくさん浮かびました。そんな中DVDの特典映像で上映後のトークショーに登壇した監督は、「僕なんかに質問するよりこのまま歩きながら帰って考えた方がいいですよ。」てな感じのニュアンスのことを言っていました。

また別の特典映像でスタッフが、「アッバスの映画のエンディングはいつも曖昧だ」と言っています。

 

映画という芸術の中に曖昧さを残し、観客と映画を共有する監督はとても素敵だし、この映画はだからこそ味わい深いものになっているのではないかと思います。

 

ぜひ、一度この機会にご鑑賞ください。

 

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